甘いグリーンティーが広まった背景
抹茶に砂糖を混ぜた粉末が、日本の家庭に入ってきたのは昭和のことです。
1930年、真空缶詰で登場
抹茶をもっと手軽に飲んでほしいという発想から、宇治抹茶にグラニュー糖を合わせた粉末が作られました。業界で初めて真空缶詰にして売り出されたのが1930年(昭和5年)とされています。
抹茶は茶筅で点てる必要があり、道具も作法も要ります。砂糖を合わせて溶けやすくすれば、湯や水に混ぜるだけで飲める。手間を省く工夫でした。
広まったのは昭和30〜40年代
本格的に普及したのは、1955年から1975年ごろです。3つの条件が重なりました。
家庭用冷蔵庫の普及 氷が手軽に使えるようになり、冷たい飲み物の需要が伸びました。
甘い飲み物への需要 子どもや若い層に向けて、苦みの少ない飲みやすいお茶が求められました。
外食の場での提供 1962年には、大阪・梅田の阪急百貨店の地下にグリーンティースタンドが開かれています。
関西で定着した理由
京都や大阪では、甘味処や茶舗が積極的に取り入れました。
宇治という産地が近く、茶を扱う店が多かったこと。夏の暑さが厳しく、冷たい飲み物の需要があったこと。この2つが重なった結果と考えられます。
いまも関西圏では「グリーンティー」といえば甘い冷たい抹茶飲料を指すことが多く、地域によって言葉の指すものが違う状況が残っています。
名前の選び方
「加糖抹茶」ではなく「グリーンティー」と呼ばれたことには、当時の空気があります。
カタカナの名前は新しさと洒落た印象を与えました。喫茶店の飲み物として売るには、そのほうが向いていたわけです。
糖には別の役割もあった
甘くするだけが目的ではありません。
糖は食品中の自由水を減らし、変質を防ぐ働きがあります。砂糖漬けが日持ちするのと同じ仕組みです。粉末で糖が多い構成は、保存の面でも合理的でした。
冷蔵設備が十分でなかった時代に、常温で流通できることは大きな利点でした。
