喫茶店とグリーンティー
甘いグリーンティーが広まった場は、家庭より先に外食でした。
1962年、百貨店の地下に
大阪・梅田の阪急百貨店の地下に、グリーンティースタンドが開かれたのが1962年です。
百貨店の地下は、当時の人にとって新しいものに触れる場所でした。買い物のついでに立ち寄る形で、多くの人が初めてこの飲み物を知ったと考えられます。
甘味処と茶舗
京都や大阪では、もともと茶を扱う店が甘味を出していました。
抹茶を使った甘味——宇治金時、抹茶パフェ、抹茶あんみつ。これらと並べる形で、飲み物としてのグリーンティーが加わりました。
産地が近く、抹茶を仕入れる経路がすでにあったことが、関西で定着した一因と考えられます。
純喫茶での位置づけ
昭和の喫茶店では、コーヒーが主役でした。
そこにグリーンティーが並ぶのは、コーヒーが飲めない層——子ども連れや、苦いものが苦手な人——に向けた選択肢としての意味がありました。甘くて冷たいという性格は、この用途に合っています。
いまのカフェでは
「グリーンティーラテ」「抹茶ラテ」という名前が一般的になりました。
抹茶と牛乳を合わせた甘い飲み物で、砂糖の量を調整できる店もあります。かつてのグリーンティーが、名前を変えて残っているとも言えます。
家庭に降りてきた
外食で知られたものが、粉末として家庭に入る。この順序は、インスタントコーヒーやカレールウとも共通します。
冷蔵庫の普及によって、家でも冷たいものが作れるようになったことが大きく効きました。
店で飲むことの意味
いまでも、店で飲むグリーンティーと家で作るものには違いがあります。
店では濃さが決まっています。家で粉末から作るなら、自分で決められます。同じ製品でも、粉を減らせば甘さは下がり、増やせば抹茶らしさが出る。
外で味を知り、家で自分好みに調整する。この流れは、いまも変わっていません。
